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有吉和恵

有吉和恵
「平安のうちに明るく過ごす」

河野静子
小嶺圭子

主の御名を賛美いたします。
わたしがバプテスマを受けたのは10歳のときでした。わたしより二つ上の姉と八幡バプテスト教会付属幼稚園(銀星幼稚園)に通っていました。その姉が小学校四年生のときにジフテリアで10日あまりのうちに天に召されました。夜中の12時ごろに、苦しさの中から家族のものに「神さまにお祈りして、みんなでお墓参りに来てね」などと色々言い残していきました。その言葉に父がこれは子供の言葉ではない、きっと神様の教えをいただいたからだろうと言いまして、両親も教会に出席するようになり、一年後にクリスチャンホームになりました。白いガウンを着てバプテスマを受けたときのことを今でも覚えています。そのころは何も分からず、神様は天にいらっしゃることだけを信じていました。
若松教会に出席させていただきまして20年余りになります。主日礼拝に出席いたしまして、神様の御言を聞く中で、また人々の交わりの中で感じたことを日常生活の中に活かし、暗い気持ちになったときは、次の聖句を思い出して明るく過ごすように心がけています。

いつも喜んでいなさい
絶えず祈りなさい
総てのことについて感謝しなさい
これがキリストイエスにあって
神があなたに望んでおられることです。 (1テサロニケ5:16-18)

最近心に残ったことは5月14日の分級の学びで読んだ、聖書の箇所です。

イザヤ11:6,8,9
6節 狼は小羊と共に宿り
   豹は子山羊と共に伏す
   子牛は若獅子と共に育ち
   小さい子供がそれらを導く
8節 乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ
   幼な子は蝮の巣に手を入れる
9節 わたしの聖なる山においては、
   何者も害を加えず滅ぼすこともない
   水が海を覆っているように
   大地は主を知る知識で満たされる

先日天に召された河野さんが伝えてくださったような思いがいたしました。残る人生を平安のうちに過ごしていきたいと思います。感謝。 (2006年5月)

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河野静子
「常に神と共に」

わたしは25歳のとき、故尾崎主一先生の熱心なるお説教を聴きまして、神様の愛を知り、求道者生活1年半にして12月25日筑港の浜の海水に身を沈め、故ドージャー先生によってバプテスマを受けさせていただきました。寒いときでしたので、丘のほうでどんどん火を燃やして体を温めてくださいました。現在95歳ですので、信仰暦70年ということになります。
若いときは体も丈夫でしたので教会の奉仕も少しはできていましたが、現在は何一つ奉仕もできず皆様にご迷惑をおかけするばかりで大変申し訳なく思っております。
神様はこんな役立たずのわたしをかえりみくださいまして、お恵み育ててくださいます。世にあるときも天に召されるときも常に神と共なることを想い、平安な気持ちで過ごさせていただいております。

教会生活では毎週原口牧師より神様の御言を聞き、生きる力を与えられております。また教会の兄弟姉妹のお優しい交わりの中に入れていただきまして楽しく過ごさせていただいております。

わたしの好きな大切な聖句は

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。総てのことに感謝しなさい。

この三句を常に心に刻み日々喜びの日を過ごしております。教会の皆様なにとぞよろしくお願い申し上げます。 (2006年5月)

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小嶺圭子
「教会との出会いの中で」

わたしが教会と出会ったのは、教会付属の幼稚園に入った4歳のときです。わたしの母が幼稚園から母校の教師として勤めた20年間をミッションスクールで育ったものですから、わたしと3人の弟は自然に教会に行かされていました。

わたしが成長していく中で、日常耳にする歌は、讃美歌が多く、話してくれる童話の中には、いつも聖書の言葉が出てきておりました。

わたしが一人娘であるために、弟たちに比べて、生活の総てに制約があるように思えて、なぜわたしだけがと思うときがあり、わざと両親の気に触るようなことばかりしていた時期がありました。母は、そのようなときでも、気を荒げることなく怒ることなく教団賛美歌510番に母の思いを託し、神様に祈りながら、わたしに語りかけていました。母はいつも「誰も見ていなくても、神様だけは見ている。神様だけはだませない。神様だけは守ってくださる」と言っていました。

1953年に広島府中教会で洗礼を受けるとき、一番喜んでくれたのも母ですし、結婚するときに主人になる人に、「この子は、クリスチャンですから、日曜日には、教会に行かせてください」とお願いしたのも母でした。公立学校に勤めながら、子育てをしていた時期、教会を休むことが多くありました。娘が神愛幼稚園に入園し、バプテスト教会とのつながりができ、教会生活をするようになり、転会のための再バプテスマを受けるとき、「今からは、怠けないようにね」と言った母でした。娘もこの母に育てられたので、小さなときから讃美歌を歌い、神様の話を聞き、お祈りすることを、教えられていました。

このように、神様を信じ、信仰生活をしているのに、三度も続けて流産をしたとき、三歳にならない娘を残して半年も入院したときには、わたしは神さまに愛されていないのだ、神様なんていないのだと思ったときもありました。
神さまどうして、わたしにどうしてこのようなことをなさるのですかと問いながら、祈っていましたが、この大きな出来事は、神様から私に与えられた試練であることに気づかされたのは、時が立ってからでした。悲しんだり、腹を立てたりしないで、わたしを必要としている人のために、何かお手伝いをしようという気持ちから、ハンディーのある子供たちの世話をするようになり、現在のわたしがあります。

教会では賜物という言葉をよく耳にします。教会でいう賜物は、神様から与えられるもので、人自身が手に入れること、習得することはできないものと思います。神様は一人ひとりにすばらしい能力を授けてくださっています。教会で与えられる賜物は品物ではありません。また賜物はそれを用いなければ意味はありません。そして個人の名声のためではなく、神様のため人のために用いてはじめて、賜物をお返ししたといえるのではないでしょうか。奉仕する仕事の多い人は、賜物をたくさんいただいていると思い、奉仕することが多いことに不平、不満を言うのではなく、何事にも感謝しながら、喜んで教会の奉仕をしていきたいと思います。(2006年5月)

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