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8月26日
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26日
「真の霊の時代」
ヨハネによる福音書7章39節に「イエスは、信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである。」という言葉があります。霊は英語で「スピリット」、ギリシア語では「ブネヴワ」です。
この言葉は多彩ですね。風、息、精髄、心、霊、酒(蒸留酒)、元気などの意味に用いられています。 今はスピリットの時代だ、などと言われていますね。物質にはこんなに恵まれているのに、いつも“何かが足りない”という窮乏間に脅かされているようで、貧しくても、温かい心で助け合っている発展途上の人々に教えられることも多いのです。
そして、動物との優しいふれあい、音楽の心地よい刺戟、ハープの静かな落ち着き、スポーツの高揚感などにスピリットの癒しを得ているのです。
ビールを「ギュー」とやるのもスピリットを飲んでいることになるのです。どれもこれも現代人にとって大切なものになってきています。
ところで、先ほどの続きに「イエスは、まだ栄光を受けておられなかったので、“霊”がまだ降っていなかったのである。」とありますが、これはどういうことでしょうか。以前から霊は活動していました。「神は霊である」し、人は「霊と真理を持って礼拝しなければならない。」(ヨハネによる福音書 4章24節)のです。それなのに「霊は降っていなかった。霊が降ったのは、イエス様が十字架にかかり、よみがえって天に昇られた時からである。」と言っているのです。
その意味はこうだと思います。聖書は本(バイブル=ブック)です。世の中には多くの本があります。その本は、私たちにいろいろなことを教えてくれます。しかし、聖書は本の中の本です。ザ・ブックです。聖書が示す永遠のいのちへの道筋に従って読んでこそ、全ての本が生きてくるのです。全ての本は駄目だと言っているのではありません。聖書に生きる道を見出した者には、他の人からは偏狭、傲慢と誤解されるかもしれませんが、こう言わざるを得ないのです。
それと同様に、多くの霊、その派生的なもの、があります。しかしそれらは真の霊、聖霊によって初めて生きた有意義なものとなるのです。この霊は、霊の本質である神様が、イエス・キリストの十字架による罪の贖いと、よみがえりによる永遠のいのちの証しを信じる者に与えられる霊、ザ・スピリット、聖霊なのです。
この神の霊に立ち返ることなしには、スピリットの時代はかえって混乱と失望に終わってしまいます。
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幼児祝福式が行われました。
神様がこの子たちを守り,導いてくださいますように。
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19日
「平和を願って、これを追い求めよ。」(ペテロの手紙 3:11)
9.10日私はネパールの友人家族を案内して広島へ行って来ました。ご夫妻と6歳の女のお子さんです。炎天下、平和資料館、慰霊碑、ドームと真剣に見て回られるのに感激。胸が熱くなりました。
私は今まで何回も広島、長崎を訪れいますが「日本人として忘れてはならない出来事」という思いだけでしたが、今回は「このようにして世界に向けて平和の尊さを発信しているのだ」という自覚と責任とを強く感じました。
私たちは、平和を願う国民としての自覚と共に、世界の平和のために何かをしなければならないという責任を持っていることを強く感じました。
聖書は「実に、キリストは私たちの平和であります。二つのものを一つにし、キリスト御自身がその肉において敵意と言う隔てを取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。
こうしてキリストは、双方をご自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して両者を一つの体として神に和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」(エペソの信徒への手紙 2章14節〜16節 新共同訳)と記されています。
イエス様は私自身の中にある平和の崩壊、罪を自らのいのちをもって贖ってくださいました。「このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得て」いるのです。(ローマの信徒への手紙 5章1節 新共同訳)
自分自身の中に、この変わらざる平和を得ているので、私たちはたとえ微力であっても平和のために何か貢献できる存在とされているのです。「平和を実現する人々は幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」とイエス様は言っておられます。
ある外国人が「何がもったいないといって、天は人の上に人を造らずという平等思想を盛り込んだ米国憲法ですらできなかった人類始まりからの理想であり、願望であること、すなわち人殺しの武器を持たず、軍隊を組織しない世界平和をうたった、日本の平和憲法第9条を軽々しく破棄しよう、放棄しよう、書き換えようなどというくらい『もったいない』ことはない」と答えたとのことです。(「What is Mottainai’to you」伊丹レイ子)。
深く考えなければならない忠告だと思います。
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12日
『一つとして無駄はない』
私たちは、仙台バプテスト教会で13年間牧師をしました。吉岡というところで、伝道所と付属の幼稚園も受け持っていました。ところが、10年目頃から家内が異常な疲れを訴えるようになりました。
検査の結果、C型肝炎であることがわかりました。輸血感染によるものだそうで、長男を出産した時のことです。30年以上も、体内にウィルスが潜んでいたことになります。
病名を聞かされた時、家内は落胆するどころか、「嬉しい」と言ったのです。お医者さんにびっくりされました。彼女の説明はこうです。
「30年以上も病気が出てないでくれたので、全力で教会の御用に当たることができた。だから感謝です。もう思い残すことはありません。」1年前に事情を話して辞任を予告し、家内のふるさとの下関に帰ることにしました。気候が向いているだろうと思ったからです。
ところが、福間教会から招聘を受け、またまた牧師を続けることになりました。家内の病状は肝硬変、そして7_ほどの腫瘍ができているという状態で、ほぼ横ばいの期間が続きましたから、それなりの働きを続けることができました。ここでもまた、神様は大いに祝福してくださって、赴任した翌年には教会組織、4年後には自由ヶ丘伝道所を開くことができました。
もちろん私たちの働きではなく、それまでの長年の積み上げが実を結んだものなのですが、神様は私たちに人生の最後というこの時期に、このようなすばらしい恵みを味わわせてくださったことに感謝しました。
家内は昨年その生涯を終え天に帰りました。病名はなんと「熱中症」でした。あっという一夜だったので心残りでしたが、あっさりした性格の彼女は「良かった。肝硬変でじわじわと苦しむより、あっさりと終わることができて。私は主の御用に『熱中』して人生を走り抜いたの。」と言っているような気がします。
人生には「あの時こうだったら」とか、「こうすれば良かった」とか悔やまれることも多くありますが、良く考えると「神のなされることは皆その時にかなって美しい。」(伝道の書3:11口語訳)ということがわかります・
『神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。』(ローマの信徒への手紙8:28)
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5日
『神様は全て聞いておられる』
私は、北九州市小倉北区の富野教会で、10年間牧師をしていました。その後、1980年に日本バプテスト連盟からの指名を受けまして、宮城県仙台地区の開拓伝道に従事することになりました。
仙台市北部の現在、泉区長命ケ丘となっているところで伝道を開始しました。母教会の仙台教会から派遣された2組の夫婦、一人の姉妹、宣教師のポートライト夫妻たちと私たち家族3人の計10人で、借家での礼拝を始めました。
そして、全国諸教会の熱い祈りに神様はこたえてくださり、大いに祝福されて、3年目で自主独立、教会組織をすることができました。私たち夫婦はこの恵みに感謝しつつ、「神様は忘れておられなかったのだね。」と語り合ったことでした。
私たちはその23年前に牧師になったのでしたが、その時「野口君は東北の出身だから、その地方の開拓伝道に行く気はないかね。」と、先輩の先生に勧められていたのです。
しかし、家内が下関の出身だったこともあって、出身教会の下関バプテスト教会から招聘を受けて、そこの牧師となったわけです。
しかし、私たち夫婦の心の中にはいつも東北への思いがくすぶっていました。そして、13年経てしまいました。たまたま、新たな赴任地を決めなければならないことになりました。
私たちは東北伝道の実現を願って祈りました。けれどもこの度もそれは実現せず、前記どおり富野教会牧師として迎えられて10年を過ごしたのでした。
そしてついに、私たちの東北伝道が実現したという次第です。このような経緯を顧みるにつけても、「神様は全て聞いていてくださったのだ。」という思いを強くします。
私が育った地、私に声をかけてくださった先輩の先生の言葉、夫婦としての祈りなどなど。すべてが繋がっていること、そして神様は私たちの祈りを一言も聞き逃したりはなさらないのです。
祈りはすぐに実現することもあり、長い日時がかかる場合もありますが、祈りは聞かれているのです。神様は、最善の時に最善の方法で、私たちの祈りを実現してくださいます。
「なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう。」(マルコ11:24)
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