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30日
「新生の場に招かれて」 牧師 山地 明
今朝、私は58年ぶりに若松バプテスト教会に出席しています。
この度、御教会の主日礼拝に説教者としてご招待いただき、主のお導きと皆様の寛大なお計らいに心から感謝しています。
私はセブンスデー・アドベンチスト教会の牧師として、盛岡、東京、大阪、広島、福岡、宮崎、カリフォルニア州などの教会で50年間牧師をし、引退後は宮崎県都城市に住み、近くの教会での説教や神学書の翻訳などをさせていただいております。
私が初めて聖書の教えに接し、キリストによる新生へと導かれたのは、御教会を通してでした。
昭和24年、若中3年生の時親しい友人であった津田豊美君(吉田叔子さんのお兄様)に誘われて、当時の若松市の公会堂の一室で開催されていた、キリスト教の集会に出席しました。古い荷物の中から色あせた表用紙の当時の日記帳が出てきました。(原文のまま抜粋しますと)昭和24年2月13日日曜日『津田君と二人で公会堂にキリストの話を聞きに行った。今日から毎日曜日と水曜日は行くことに決めた。』/2月16日水曜日『学校から帰って…本屋に聖書を買いに行った』/2月20日日曜日『今日、教会ではギレスビー先生がおいでになって、罪との会見という題で講演された…津田君と一緒にドージャー先生講演のビラを貼って…』/2月21日月曜日『晩方6時半頃から公会堂に行って、ドージャー先生の「信仰は人によらず」という題の講演を聞いた。』/2月23日水曜日『「共産主義の国歌論」(石川準十郎)の話。吉田敬太郎先生』
栄盛川町の教会堂の集会で思い出すのは「初穂会」です。
これは高校生らの青年たちを中心にした聖書研究の集いで、吉田潤世さんや岩切健さんら高校の先輩たちが、森川執事さんらと共に開催していた集会です。まだ初心者の私にも聖書研究の発表が割り当てられました。ヨハネ15章の「ぶどうの木の譬え」の研究発表だったと思います。調べるために小石にあった吉田敬太郎牧師のご自宅の書斎にお邪魔して、神学書を見せていただき、発表の準備をしたことを覚えています。
吉田敬太郎牧師の魂を揺さぶる説教。執事さんや中戸君、楢原君ら高校の友人たちと共に、小さな部屋で車座になって夜遅くまで話し合い、祈ったこと。クリスマス会での楽しい演劇。クリスマスイブ、真夜中に町にくり出して歌ったキャロリング。
若き日のこれらの思い出を胸に抱き、半世紀を経た今日「みことばに励まされて」の年間主題のもとに信仰の道に励んでおられる皆様の前で、みことばを語らせていただく特権を心から感謝しています。
皆様の上に主の恵みと平安が豊かに与えられますようにお祈り致します。
「山地 明牧師をお迎えして」 野口直樹
今朝の礼拝に山地明先生をお迎えして説教をしていただきますことを心から感謝申し上げます。
先生は当若松バプテスト教会のご出身です。同じ頃、もう50年も前になるわけですが、共に信仰生活を励んだ人たちには、吉田潤世・叔子ご夫妻、古川新兄、中戸正義兄、河野静子姉、岡崎さんなどがおられます。また、もと当教会牧師の岩切健・裕子ご夫妻をはじめ、当教会出身者として各地の教会で活躍しておられる方も多くおられます。私も同じ頃、下関バプテスト教会で青年時代を送った者の一人ですが、今も『「その時青年だった」の会』と称して年に一度の集まりをしております。
その思いを重ねて今日の礼拝の恵みを考えますと「神様、みなさん、ありがとう」と「神様、皆さん教会をよろしく」という言葉が浮かんできました。
今の若松教会は歴代牧師のお働き、そしてそれを支えてきた信徒たちのお働きによって、今日を迎えているということは誰でも知っているつもりで、なかなか実感できていないことかもしれません。古い人たちの思い出話を単なる懐古趣味と聞き流してしまってはならないのです。そこには神様の奇跡の手が指しのべられている尊い証があるからです。古い人たち、当教会の出身者が常に思っておられることは、今の若松教会の姿です。
使徒パウロは「わたしの子供たちが、真理のうちに歩いていることを聞く以上に、大きな喜びはない。」(3ヨハネ1:4)と書いていますが、先輩たちはまさにその通りの思いで、この教会のために祈っていてくださるのだということを、一時も忘れないようにしたいものです。
それは「昔はこうだったから、今もこうすべきだ。」というのではなく「昔はこうだったが、今は更にこのように前進している。」と将来につながる変革を報告できる教会であり続けたいものです。
先輩の皆様ありがとうございました。神様ありがとうございます。今後もよろしくお願い致します。
「イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です」(ヘブル13:8)
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