5月4日
5月11日
5月18日
5月25日

25日
主の召命と献身への道
 
             西南学院大学大学院神学研究科2年 三田照雄  

私は、3年前、家族共々に青森市から福岡市にまいりました。青森県庁勤務23年の歳月を経て、主の御守りの中で献身の道に踏み出すことができました。大学時代にイエス・キリストの素晴らしい救いの恵みに預かり、その時に献身の志は与えられておりました。若き日に、神学校入学を志すもさまざまな壁に阻まれ、入学は叶いませんでした。
 しかし、主の召命は変わることなく、明らかに献身への迫りを示してくる中で、主の確かな導きにより、2005年4月に西南学院大学神学部に学士入学することがゆるされました。福岡市に来るにあたっては、高校受験時にあった長女と中学校へ入学する長男の学校のこと、そしてこれからの生活のことを考えると、大変な迷いと葛藤があり、私なりに壮絶な主との祈りの格闘がありました。しかし、主のみ声はいつも「そのまま、私のもとに来なさい。家族は私が守る。」という語りかけでした。主からの最後の導きに応ぜず、地上での生涯を終えるならば、必ずや信仰生涯に悔いを残すであろうと考えました。主からの語りかけと慰め・平安、み言葉が与えられ、主の召しと導きに従うことを決断いたしました。 

福岡市に来るに当たっては、当初、単身で来る予定でしたが、妻も青森市の教員を辞して家族共々に移り住むことになりました。ここに辿りつくまではさまざまな困難や課題がありましたが、主は一歩、一歩、信仰を持って踏み出すたびに道を開いてくださいました。神学部での学びを更に深めたいのと牧会や教会形成などの実践神学の学びをしたいという願いから大学院に進学して、現在にいたっております。また、子どもたちは、昨年度、2人とも、それぞれ大学受験、高校受験という試練の年でしたが、関係教会の皆様の励ましや熱きお祈りに支えられて、ひとえに、神様の憐れみにより、それぞれが希望の大学と高校に入学することができました。今年度は、私も、大学院の最終年次となり、将来、牧会の現場に立つことを見据えながら、主への祈りを深め、将来への導きを求めつつ、大学院、出席教会等での最後の学び、奉仕、訓練に誠実に励んでいきたいと願っております。

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 18日
神さまに会ったよ」                  野口直樹

 認知症は本人にとっても、介護をする家族にとっても大変な問題になっています。その症状と状況は個々に違っていますから、一概には言えませんが、私の母の場合は時に面白く、時に考えさせらることが多かったと思います。母が召される約2年前になりますが、2005年の8月23日の私のメモには次のように書いています。
 帰宅するなり、「実は神さまに会ったの。あの方は、確かに神さまに違いない。」「良かったね。」「まあ、嬉しい。わかってくれる人はいないかと思った。」「その方は黙って私の足の爪を切ってくださったの。前から見ている人なんだけど。私の前に来て、しゃがんで、一言も言わないで、爪を切ってくださったの。ここが天国だと思った。」
 しばらくはこのことの繰り返しが続いた。私はその度に真剣に聞いた。何か、軽く受け流すことができない口調だった。母の錯覚ではないと思う。その人を通して神さまに会ったのだと思う。
 同じ頃だと思いますが、こんな苦笑せずには聞けないことも言いました。「今ね、天国に行って来たの。尾崎先生に会ってね。それからボートライト先生もいてね。あなたはいなかったね。どこに行ってたの。」尾崎牧師は既に天に召された方ですが、ボートライト先生は引退された宣教師で、今も元気で米国の日本人教会を指導しておられる方です。私も未だ、この地に居残りを命ぜれれている者ですが、天国に籍がない?とちょっと気になる話しでした。

 これらはみな、認知症者のたわごとでしょうか。母は健常者が持っている記憶力とか判断力を日々に失って行っていましたからかわいそうでしたが、反面、私には体験できない世界を体験することが出来ていたのです。
 このような能力を健常者であるが故に見失っている、軽く見捨てているのが私たちの現実ではないでしょうか。健常者は、「爪を切ってくれたのは施設の職員で、当然の仕事をしてくれた。」としか思はないかも知れません。すると、母のあの何とも言えない、感謝と心地よさの表情を生む体験力は失われていることになります。健常者なるがゆえの認知症に気をつけなければなりません 
 「イエスは彼に言われた、『あなたは、もうその人に会っている。今あなたと話しているのが、その人である。』すると彼は、『主よ、信じます』と言って、イエスを拝した。」(ヨハネ9:37)。

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11日
      「ペンテコステの恵みを今に」         野口直樹

 今日は「ペンテコステ」です。「第50(日)」という意味で、「過越し祭」から七廻り後の日、「五旬節」として祝われていた祭日です。この日は小麦の収穫を祝う日でしたが、神さまが虹を立ててノアに虹を示して祝福の約束を与えられた日、モーセにシナイ山で律法を授与された日としても祝われるようになりました。
 この日、キリストの弟子たちが集まっていると聖霊が下り、一同は聖霊に満たされて力強く福音を語ったのです。このことから、教会ではこの日を「聖霊降臨日」と呼ぶようになりました。
 私たちもこの日を迎えて、聖霊降臨の体験をいただきたいものです。と言っても、使徒言行録2章の出来事がそっくり再現されることを求めるのではありません。「突然、激しい風の音が響き、炎のような舌が、一人一人の上にとどまり、一同はほかの国々の言葉で話し出した」出来事はそっくり今の私たちに起こるとは限りません。事を起こされるのは神だからです。
 けれども私たちも弟子たちが与ったと同じ恵みに与ることは約束されています。その一つは共に集まる恵みです。弟子たちが共に集まり、讃美し祈っていた、その所に神さまは集中的に恵みを下されたのです。私たちも礼拝その他の集まりを大切にし、心を一つにして讃美し祈り続けましょう。
 次は、弟子たちが受けた恵みです。弟子たちは一人一人、神さまから力をいただきました。聖霊は一つですが、その働きは一人一人を通して行われるのです。私たちも神さまに用いられて、新しく福音を生き、語る者となりましょう。
 このペンテコステを境に弟子たちは目覚ましい働きへと進んで行きます。私たちもその備えをいただいていると信じます。時は春、新年度も始動を始めたこの日、私たちは私たちの罪を贖い、死に勝利された主イエス・キリストが約束の聖霊を送って私たちを立ち上がらせてくださるのです。
 「天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」(ルカ11:13)
 「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。」(ルカ12:32)。

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4日
      「井戸に落ちた人の話」          野口直樹

 私の恩師の尾崎主一先生が、確か山室軍平先生のお話として紹介してくださったお話し。又聞きの又聞きで恐縮です。
 旅人が野原を歩いていて古井戸に落ちてしまいました。幸いにもその古井戸には水が無く、したたか尻を打っただけで済みました。しかし、はい上がることが出来ません。
 井戸の底から助けの声を張り上げていました。すると一人の旅人が通りかかって、中を覗き、こう諭し始めたのです。
 「人にはそれぞれ運命というものがある。井戸に落ちる人もあれば、落ちない人もある。あなたが井戸に落ちたのはあなたに定められた運命なのです。何事も諦めが肝心。諦めよ、諦めよ。」と唱えながら行ってしまった。
 それで、彼はなおも助けを求め続けました。第二の旅人が通りかかって、中を覗き、こう説教しました。
 「あなたは不注意に歩いていました。旅では何が起こるか解らない。右にそれるな、左に曲がるな、古井戸には気をつけよ。その戒めを守らなかった結果、そういう目に会っているのです。以後気をつけたまえ。」と言って、去って行ってしまいました。
 第三の旅人が通りかかりました。彼は事情を知るや、腰に命綱を結び、井戸の底まで下りて来て、その旅人を抱え上げ、助け出してくれました。そして痛んだ体を癒し、共に旅を始めてくれたのです。この第三の男こそイエス・キリストだったのです。
 キリストは私たちに、ある種の宗教的境地を伝えるためだけではなく、人の歩むべき倫理を教えるためだけでもなく、私が自分の罪のために苦しんでいるそのどん底まで下りてきて下さって、救いに引き上げ、共に歩んで下さるためにこの世に下られた真の救い主なのです。
 「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま
受け入れるに値します。」(1テモテ1:15)

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