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8月31日
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31日
「キリスト教の神髄」(聖書ところどころ‐11) 野口直樹
「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。」 (1ヨハネ1:7)
随分昔のこと(昭和32年)になりますが、「ミセス・シャーランドの墓が横向きになっている。『海の見えるところに葬って欲しい』と言っておられたので、遺言通りに海側に向けて欲しい。」こう言い残して、加西テルさんは亡くなられたのでした。そのことを白石立子さんという下関教会員に知らされて、私は下関の長府にある功山寺に向かいました。
陽が西に傾く頃、ようやく探し当てることが出来ました。高さ1メートル、幅60センチほどのそのお墓はなるほど、関門海峡に対して横向きに立っていました。けれどもきれいに管理されており、お花も添えてありました。後で聞いたことですが、日本キリスト教団長府教会が、長年大切に守って下さっているのだそうです。
ミセス・シャーランド(Sharland)は英国人で明治23年に下関長府に来られ、米国からの宣教師ミス・ブラウンと協力して伝道した人です。理解の無い住民の中には石を投げつける者もありましたが、生活のすべてを捧げて、日々に愛のわざを励む二人に感動して、毎朝牛乳を届けてくれる人や、献金を送って来る人も出て来たそうです。
短期間のうちに長府浸礼教会、美徳女学校、福音女学校(女子神学校)、天恵園(孤児院)を設立しております。
そして彼女は命を燃え尽くし、母国に帰ることもなく、遂に明治28年に日本の土になったのです。20人の孤児が慈母にもひとしい人の死に、涙を流して悲嘆にくれる有様は見るもいたわしい姿だったそうです。さすが由緒ある功山寺、お寺の墓所にキリスト者の彼女を葬って下さったのです。
墓石には墓碑銘が刻まれています。
「神の子イエスの血すべての罪より我らを清むるなり」
シャーランド夫人の墓
文政9年2月12日 英国に生
明治28年4月19日長府に死
私が感動したのはこの聖句です。彼女を生かした力は、「神の子イエスの血がすべての罪より我らを清める」、その信仰です。ここれこそがキリスト教の神髄です。
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24日 「委ねて生きる」 ヨハネによる福音書2:1〜11
西南大学 神学部大学院 鬼塚 諌(おにつか いさむ)
私たちは生きていく中で、いろんな問題に出くわします。そして、それが身近な問題であればあるほど、解決が難しいように思えて、心配でたまらなくなるのです。心配に打ち勝って、平安と感謝の中に生きていくためには、どうすればいいのでしょうか。
イエスさまが福音を伝え始められたとき、カナという町で婚礼があり、イエスさまも弟子たちも招かれました。母マリアは前から来ていて、婚礼の台所を取り仕切る仕事をしていました。
ですから、その家はイエスさまの家と近い関係、親戚だったのかもしれません。当時、ユダヤの結婚式は普通で1週間、場合によっては2週間もお祝いが続き、招待する人もおびただしく、花婿、花嫁の家にとっては、それこそ一生一大の大事業でした。ところが、宴もたけなわ、みんなが盛り上がっている時、問題がおきました。ぶどう酒が無くなったのです。
どれくらいのぶどう酒が必要かくらい、計算して、用意していました。でも、無くなったのです。
これがどれほど不名誉で、恥ずかしいことか、今の私たちには想像できません。花婿も花嫁も、両親も、生涯笑い種になります。こうしてその一家も、また、台所を任されたマリアも大ピンチに出くわしたのです。早く何とかしないといけません。どうしよう---マリアが取った解決の道は、イエスさまのところに駆けつけて、窮状を訴えることでした。
ところが、マリアの必死の訴えに、イエスさまは「それは私とは関係ないこと、私は今、そのようなことをする積りはありません」、と答えられたのです。万事休す、婚礼の一家もマリアも、人々の嘲笑と蔑みに身を任せる覚悟をしたのでしょうか。そうではありません。マリアはその言葉を聞いて、動揺するどころか、なお、平安と感謝の中にいることが、聖書のみ言葉のなかに溢れています。マリアのこの姿が、問題の中に在っても平安と感謝の中に生きていく、クリスチャンの生き方を教えています。
その秘密は、マリアがイエスさまをどのように理解し、信じていたか、にあります。マリアはイエスさまこそが問題の本質を理解し、まことの解決策をお持ちであること、求めてくる者に最善の方法と時をもって、応えてくださる方であることを、真実知っていたのです。ここに、問題の中に在っても、平安と感謝に生きる力の源があります。
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17日
「平和の実践」(聖書ところどころ‐10)
野口直樹
「平和を実現する人々は、幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイ5:9)
8月は私たちにとって大切な月です。6日、広島に原爆投下。9日、長崎に原爆投下。
15日、終戦記念日。記念すべき日が続きます。もう63年も前のこととなってしまいましたが、平和を願う国民の決意は決して風化させてはならないことです。
今日は教会学校と礼拝で、「平和」について考えることなっています。ここでは聖書の一節から、平和についての理解を深めることにしましょう。
新約聖書には「平和」という語が100回ぐらい出て来ます。聖書が伝える平和は、世の中に戦争がない状態にとどまらず、一人一人の心の中に安らぎが満ちて、互いに生活を喜び合うことの出来る状態を意味しています。
イエスさまは、「わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。」と言っておられます(ヨハネ14:27口語訳)。世界の平和は先ず、私たち一人一人の中から始まらなければなりません。
「平和を実現する人々」、これはマタイ福音書に一回しか出ていない言葉です。「ピースメーカー」です。これは私たちの力で平和を創り出して行くというよりも、真の平和である神さまの愛を受けること、そのためには、人間は個人的にも、民族、国家としても、平和な存在とは隔たった罪深い存在であることを認めて、イエス・キリストが十字架の死によって隔ての壁を取り除いて下さった、その恩寵を身に受けての実践であることを理解しなければなりません。だから、この言葉を、「平和のために働く者」と訳した聖書もあります。私たちは神さまからいただいた内なる平和を「実践する者」なのです。
「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、・・・こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」(エヘソ2:14-16)
身近かな、人と人との平和な関係も、大きな、国と国との平和も、黙って何もしないでも存在するものではありません。主からいただいた動くことのない、取り去られることのない、この私の内にある平和を日々実践することによって、「神の子」と呼ばれる者として歩みたいと思います。
「義の実は、平和を実現する人たちによって、
平和のうちに蒔かれるのです。」(ヤコブ3:18)
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10日
「罪・まとはずれ」(聖書ところどころ‐9)
野口直樹
「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、
ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより
無償で義とされるのです。」(ローマ3:23,24)
時刻表を調べてみましたが、それらしい列車は載っていません。けれどもその当時は確かにあったと思うのです。大分で上りと下りに分かれる列車があったということです。
私たち牧師仲間が久大線(だったと思います。豊肥線かも)で北九州に帰る時です。後ろの車両が空いているからと、宣教師グループは移って行きました。アナウンスはあったのでしょうが、誰も気がつかなかったのです。大分駅で列車は切り離され、私たちの車両までが上りで、その後ろは下り列車になったのです。あれあれと言っているま間に、我々は引き離されてしまいました。次の駅で乗り換えれば良いことですから、あまり心配もせず。「バイバイ」などと言いながら、笑ったことでした。
ところで今日の聖書の、「罪」という言葉ですが、ハマルティアと言って、ハとメロスという言葉の合成です。ハは反対、欠如の意味で、メロスはスポット、パートという意味の言葉です。的<まと>の意味もあります。「的はずれ」というのが原義だ、と辞書に書いてあります。
「罪」は悪い行い、正しいことを無視することなどを指しますが、これは言わば、「諸罪」であって、根本、唯一の罪は「的はずれ」な生き方である、と聖書は言うのです。
下り列車ではいつまで経っても、北九州には着きません。宣教師は皆、紳士淑女で旅のエチケットを守る立派な旅行者です。けれども彼らが先ず、とるべき行動は、上り列車に乗り換えることです。
人生の旅路で立派な旅行者となることは大切なことですが、聖書が問題としているのは、どのような立派な旅を送ろうとも、神を信じない、神に向かわない生活は、方向違いの列車に乗っているようなものだというのです。
まず、方向転換をすること、間違いを認め、悔い改めて神さまに向きを変えることが大切です。そうすれば神さまが正面から光りを注いで下さり、自然と生活が整えられてきます。そして、何よりも、終着は間違いなく神さまのみもとなのですから平安な日々を送ることができるのです。
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3日
「初めに何があったのか」(聖書ところどころ‐8)
野口直樹
ヨハネ1:1‐3
1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は、初めに神と共にあった。
1:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成った
ものは何一つなかった。
いのちの研究について、「いのちはいのちから生まれたものである」が前提となっているそうです。
なるほどと思いますね。同じことが万物について言われるかも知れません。「すべてのものはものから生じたものである」と。
ところでその先を知りたいのが、人間の探求心です。科学はそれも対象にしていると思います。ひょっとして無機物から命が生まれ、無からものがが生じたかも知れないのです。
万物の初めは信仰の対象でもあります。聖書は、「初めに言があって、万物はこの言によって成った。」と述べています。
言という字は、「口から出る心の意。古代人は声を、口から出る心であると考えた」と説明されています(角川漢和中辞典)。
聖書で「言」と訳されている語「ロゴス」も、期せずして心とことばを表すものです。もともと「ロゴス」は「集める」という意味から来ているそうで、「まとまった考え」すなわち「心」「精神」であり、「考えをまとめて発する」すなわち「言」なのです。
この「言」が万物の始まりであると聖書は言うのです。それは「ひよっとした」出来事ではなく、「ちゃんとした」計画と意志とをもった創造から始まったということです。これを私たちは信仰のことがらとして受け取っているわけです。
私には、「万物はちゃんとした計画と意志から生まれたものである。」と信じる方が、「万物はひょっとした出来事から生じたものである。」と信じるよりも合点がいき、私の人生観を確かなものにしてくれるように思えます。
「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
すべての出来事は言によって起こった。
彼によらないでおこった出来事は一つもない」
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