ルカによる福音書15章には、三つのたとえ話が記されています。この15章の最初の例えは、羊飼いが見失った羊を捜すところです。その後に銀貨を無くした女の話しがあり、放蕩息子の話しに続きます。
ここでイエス様が語られようとしたことは99匹のことではなく、この見失った1匹の羊に対する思いなのです。1匹を失うことを良しとせず、その1匹を見つけ出すまで捜し回る羊飼いの愛情です。その愛情からくる羊を見つけ出した時の大きな喜びを語ろうとしているのです。聖書は「そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』とあります。ルカは、見つけられた方の羊の喜びではなく、羊飼いの大きな喜びを語ります。そしてそれが友達や近所の人々に広がるのです。この話しを聞かせたファリサイ派や律法学者をも、イエス様はそのような喜びへと招いておられるのです。
イエス様は、このような迷える羊たちを教会に集めようとされているのです。羊は比較的弱視なので、何か餌に夢中になると自分だけで何処かに行ってしまう傾向があります。また人として考える時、別の道があるじゃないかとキリスト信仰から離れたり、教会の何かにつまずいて離れてしまうこともあります。そのような方が、他のキリスト教会に繋がれれば良いのですが、そうでないケースが多いです。
イエス様はわたしたちを、この失われた羊のように探してくださいました。そしてイエス様に飼われる羊のように、この教会に連れてきていただきました。教会に属しながらも、なかなか教会に来られない方々もおります。しかし神様が、そのような方々も、そうでない方々も集めくださり、わたしたちも、その神様の働きの一端を担えたら幸いです。来週の特別な礼拝に、家族や友人知人、また暫く教会に来られない教会員の方々をお誘いしましょう。
