イエス様が弟子たちに現れたのは、これが三度目でした。その前になぜか弟子たちは漁に行きました。食べるものがなかったのか、やることがなかったからでしょうか。夜通し漁をしても何も取れなかったのです。ペトロを始めとする何人かは、この何も取れないことで、あることを思い出しても良かったはずです。

そのような時「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ」と声が聞こえてきました。そこで、弟子たちはそのように網を打つと、もはや網を引き上げることができなかったほどの大漁でした。ここでやっと以前のことを思い出した弟子がいました。それがヨハネでした。一晩寝ずに漁をしても取れなかった過去の思い出です。それでヨハネがあの声は「主だ」と言ったのです。

イエス様は、最初にどこで弟子たちと会われ、どこで彼らが献身したかを思い出させました。それはかつて弟子たちが一晩中漁をして何も取れず疲れ果てて、イエス様は網を降ろしなさいと言われ、ペトロらは、その言葉に従い大漁を経験した時でした。本日の聖書箇所でも同じ事が起きたのです。イエス様はかつて弟子たちに、人間を取る漁師になりなさいと言われたことを思い出させました。イエス様が示されたミニストリー、人々に福音を知らせることを改めて示したのです。

弟子たちが漁を終えて陸に上がってみると、イエス様が朝食を準備されていました。魚とパンが準備されていたのです。まるでイエス様が男だけでも5000人をパンと魚で養われたことを想起できるような場面です。

イエス様は弟子たちに十字架に架かられる前行なったことを、ここでも同様に実行されました。それが不漁後の大漁であり、パンと魚との食事です。そのことでイエス様の十字架の死によって、イエス様と弟子たちの関係が断絶されたのではないことを示されました。まさにイエス様は復活し、十字架前も復活後も、同じ様に弟子を愛され導かれていたのです。