人は慣れた所や、慣れた行いを好みます。人によるとは思いますが、変化を嫌う傾向があります。それが年を経るごとに、強くなる気が自分自身を通しても感じられるのです。例えば礼拝の席も、皆さんを見ると、大体同じ所を選ぶことが多いように思います。

日常生活を見ていても、一日の習慣は同じように思えます。もちろん、同じように過ごすメリットもたくさんありますが、そうではないこともあると思います。そういうことを考える時に、物事の本質を見抜くことが大切だなと思うのです。つまり、自分がこのように考え、行動するのはなぜなのか、その本質を考えるのです。

それとは全く同じではないかもしれませんが、今日の聖書箇所は興味深く感じます。自分にとっての新しい皮袋は何であり、古い皮袋は何であろうかと神様に問われているのです。自分の判断材料は何であろうか。自分が今までそうしてきたから、そのように判断するのか。その一方、今までそのようにしてきたけれども、聖書を通して違うように行動できるのかと、神様に自分が問われています。

本日の聖書で、新しい布と新しい皮袋、古い布と古い皮袋とは、何にたとえられるのでしょうか。古いものはユダヤ教や律法と、新しいものはイエス様の教えである福音、あるいは新約聖書とたとえられるでしょう。また、古いものはユダヤ人だけのものであり、新しいものはグローバルであり、全世界の人々とも言えます。

先程のことですが、自分自身にとって古いものは何であり、新しいものは何であるのか。今までこのように思っていたけれども、なぜそう思い、考えていたのだろうか。教会でも、今まではこうしてきたけれども、本当にそれで良いのだろうか。そのことを聖書ではどう言っているのだろうかと調べてみることも大切です。そして私たちだけの教会になっていないだろうかと祈りながら、皆をウェルカムできる教会となりたいですね。