本日の聖書箇所には、すべての人を受け入れられるイエス様の姿が描かれています。イエス様はファリサイ人シモンの招きを受けて食事の席に着かれました。聖書ではファリサイ派はしばしばイエス様と対立する存在として描かれますが、イエス様は偏見を持たず、招きを受け入れられました。
その席に、町で「罪深い女」と呼ばれていた女性が現れます。彼女はイエス様への深い感謝を抱き、涙でイエス様の足をぬらし、自分の髪でぬぐい、香油を塗り、足に接吻し続けました。それは人々の目を気にしない真心から出た行動でした。イエス様はその姿を拒まず、その思いを受け止められました。
一方、シモンは彼女の過去だけを見て、「罪深い女」と決めつけていました。しかしイエス様は、彼女の現在の心と信仰をご覧になっていました。そこでイエス様は、借金を帳消しにされた二人のたとえを語り、多く赦された者ほど深く愛することを示されます。そしてシモンに対して、「この人を見なさい」と語りかけるように、女性の愛と感謝の姿を示されました。
さらにイエス様は女性に「あなたの罪は赦された」と宣言されました。当時、罪を赦せるのは神だけと考えられていたため、この言葉は大きな危険を伴うものでした。それでもイエス様は女性に、赦しと平安を与えるために、「安心して行きなさい」と語られました。
この箇所から私たちは、イエス様が人を過去や評判で判断されない方であることを学べます。ファリサイ人シモンも、罪深い女と呼ばれた女性も、どちらもイエス様に受け入れられました。イエス様は立場や評価に関係なく、一人ひとりを愛し、その心を見てくださいます。
私たちもまた、神様の恵みによって受け入れられた者です。だから私たちもイエス様にならい、さまざまな人を迎えられる者でありたいと願います。そして教会の交わりの中で互いに「安心して行きなさい」と語り合えるように導かれましょう。
