私は今から40数年前のクリスマスにバプテスマを受けました。それも実は、イエス・キリストのことが分からず、他人の信仰告白を真似たにも拘わらず、神は私を赦し、神の愛の囲いの中に入れて下さったのです。保育所の調理員をしていた私は、仕事と子育て、家事に振り回されて、自分自身を見失っていました。共働きをすることで経済的には豊かにされましたが、心は疲れを覚えていました。そこで思い切って仕事をやめ、ゆったりとした生活を始めました。そんな時に神愛幼稚園に転園していた子供が教会からの一枚のチラシ「バイブルクラスの案内」を持ち帰りました。これがきっかけで教会生活を始めることになりました。
英語で聖書を読んでも日本語で聖書を読んでも、福音を理解することはとてもむずかしく、今でも分かりにくいところは沢山あります。御言葉がストレートに分からない私を、主はさらに教会へと招き、今も私を守り支え導いて下さっています。随分前に、私の尊敬する信仰の先輩が「教会の大事な3本柱は、①礼拝②教会学校③祈祷会なのですよ」と熱く語っておられたことを今も忘れることはできません。
ヤコブの手紙1章22節に「御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけに終わる者になってはいけません。」とありますが、私達の教会は30数年間、ホームレス支援の炊き出しを担わせて頂いています。これは私達を通してイエス様がして下さっている業なのです。その只中にイエス様が共にいて下さるのです。いつの間にかイエス様のことを身近に感じることが出来るようになった私ですが、それは主が忍耐して、私を導いて下さったからなのです。
主に招かれている私達は幸いです。
「御言葉はあなたの近くにあり、あなたの口、あなたの心にある。」「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。」(ローマ信徒への手紙10章8節、10節)
