今日の聖書は、イエス様の弟子たちが安息日に麦の穂を摘んだことが問題となり、ファリサイ派の人々と論争になっている箇所です。この安息日とは何でしょうか。安息日はヘブライ語では「シャバット」、ギリシア語では「サバトン」、英語では「サバス」と言います。この言葉は宗教的な意味を持ちます。この「安息日」の始まりは創世記で神様が天地創造をされた第七の日に、神様は安息され聖別されたのです。その神様が、この曜日(土曜日)を安息日と呼ぶようになったのです。(ちなみに第1の日は日曜日でキリスト教会では日曜日を安息日としています。)

この安息日は一体何をする日とされたのでしょうか。出エジプト記は、モーセが神から与えられた十戒の中で、安息日についてこのように書かれています。「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。」(出エジプト記20章8-11節)

つまり、この安息日には、いかなる仕事もしてはならないとあるのです。それは自分だけではなく、家族も奴隷も家畜もその町に寄留する人々も同様であるのです。つまり安息日は、全ての者が安息する日だというのです。3000年以上も前から、全ての者が安息できる日があるのは驚異的ですね

神様の愛でわたしたちを創造され、安息を与えてくださりました。その究極の安息こそが、イエス様の救いであり、神様にイエス様の名で礼拝を捧げることです。わたしたちの礼拝が義務ではなく喜びとなり、全ての人々がイエス様による安息が得られるように導かれましょう。