皆様は労働というと何をイメージしますか。嫌だというガティブ、否定的な思いを浮かべるでしょうか。それとも天職のようにやる気のある肯定的な意味を想像するでしょうか。そして聖書は労働についてどのように語っているのでしょうか。

そのきっかけとなる、み言葉が本日の聖書箇所です。ここでは人が罪を犯す前に神様が人に発した言葉であり、労働に関することです。神は人に「エデンの園を耕し、守る」使命を与えられました。これは単なる農作業ではなく、神の創造物に対して、責任をもって管理する働きです。 ここにある、「耕す」とは神に仕えることであり、「守る」とは神の創造物への配慮です。私たちの働きや日々の生活も、 神から委ねられた園を管理する行為と同じなのかもしれません。

残念ながら、罪によって、この神からの使命は果たせませんでした。しかしイエス・キリストによって人の本来の務めが回復し、今私たちもそれぞれの「園」(家庭・仕事・社会・教会)を、誠実に耕し守ることが求められています。

この「耕す」とは原語のヘブライ語のでは「仕える」「労する」という意味が含まれます。エデンの園は神が良いものとして造られた場所で、それを放っておくのではなく、人によって手入れされる必要がありました。 つまり、神は人に、神に代わっての役割を委ねられたのです。また、「守る」とは、単に保護するだけではなく「見張り、配慮し、大切にする」という意味を持ちます。神の創造された自然、そこに住むすべての命を見守ることを人に求められました。

私たちは、この人生において、時々自分の働きに価値を見いだせず、意味を見失うことがあります。 しかし聖書は、どんな労働も「神から託された園を耕し、守る行為」であると私は考えます。与えられた家庭を守り、職場で働き、地域や社会を支え、教会で奉仕をする。これらすべてが神から私たちに与えられた責任なのです。