コリントの信徒への手紙第二は、パウロ自身に焦点が当てられています。個人的で熱のこもった証です。パウロは、クリスチャン迫害者から、キリストの伝道者になった人です。新しい生き方に導かれた人々を、神の栄光を納めた土の器と例えています。用いてください、と祈るときに、人生が大きく変えられる経験をした方もおられると思います。

16節「『内なる人』は日々新たにされていきます。」キリストとつながり、愛されている自分を見出すとき、私たちの命は日々再構築され、維持され、新たにされていきます。外なる人は衰えゆくとしても、神様と出会った私たちは、キリストとつながり、神様に祈り、御言葉を聞き続けるときに、日々更新され、新たにされていくのです。

17節「わたしたちの一時の軽い艱難は、比べ物にならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。」土の器である私たちを造り、命の息を吹き入れてくださった神様との繋がりが深められる。神と出会い、聖霊が与えられた人は、内から強さが与えられます。弱いときにこそ神の強さが現れるという信仰、そして忍耐が与えられます。

内なる教会を建てあげるために、私たちの内なる人が建てあげられる必要があります。コリント第一12章27節「あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」教会としての体も、日々新たにされるのです。互いにいつも配慮しあう調和のとれたキリストの体としての教会が、日々新たにされる調和のとれた内なる人の姿と重なります。そんな歩みによって、内なる教会が建てあげられ、日々新しくされるのだと思わされます。

18節「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」自分の意志で、神の目的に適った生き方を選び、神の御心が成っていく生き方を目指すときに、わたしたちは日々新たにされていきます。