このテサロニケ人への手紙は、パウロが書いた初期の手紙であり、イエス様の十字架と復活から20年たっていない時期だと思われています。そう考えるならば、4つの福音書よりも前に書かれていた手紙なのです。20年前であれば、イエス様の十字架と復活の出来事を目撃した相当数の人々が、生き残っていたのに違いありません。また教会が少なかった時代に、これが書かれていたので、この手紙は諸教会にとって大切であったでしょう。

このパウロがテサロニケに来た時、後に福音を受け入れた人々はひどい苦しみの中にありました。どのような苦しみであったのかは具体的には書かれていません。しかし彼らは、み言葉を受け入れる時に聖霊に喜びが、やってきました。そのみ言葉を受け入れてパウロたちに倣い、主に倣うものに変えられていったのです。それはマケドニア州、アカイヤ州にいる信者の模範になるような信仰の変化だったのです。

ここで偶像についてパウロが語ることで、テサロニケ教会の人員構成が推測できます。それは、ユダヤ人が偶像を嫌うからです。偶像から神に信仰が移るのは異邦人だからです。つまりテサロニケ教会はまさに異邦人教会だったのです。事実テサロニケの教会に繋がった人々も、さまざまな悲しみや悩みがありました。人々は自分では何を求めているのかがわからない時にパウロに出会い、彼からイエス様の福音を聞いていったのです。そして誰が真の神かを知ったのです。テサロニケの人々は、ギリシアの多神教の文化の中にいたので、偶像が巷に満ちていました。それで彼らは以前、偶像を自分の神としていたのでしょう。しかしパウロのメッセージで偶像が神ではないことを知り、それで偶像を捨てて、生ける真の神を知り、神に仕えるようになりました。

イエス様は私に、わたしたちに何を望まれているのかを祈りつつ求めていきましょう。