クリスマスは私たちにとって馴染みがあり分かりやすいですが、イエス・キリストが十字架上で殺された後、復活されたことを理解するのは難しいと感じる方が多いかもしれません。その理由の一つが、本当に死人が蘇ることができるのかと疑問に思うからです。またキリストの復活と自分との関係がよくわからないからでもあります。しかし、そのように思えるイースターこそ、自分の人生に価値があると思えるようなヒントがあるのです。

このコリント信徒への手紙を書いたパウロでさえ、当初キリストが復活したことを聞いて、そんなことはありえないと弾圧していた人でした。そんなパウロが変えられて福音を語ったことは、キリストの復活についてでした。使徒言行録17章で、パウロはギリシアのアテネの人たちに説教を語っています。そのパウロの説教を聞くアテネの人たちは、それを当初、喜んで聞いていました。しかしパウロがキリストの復活について触れると、アテネの人たちは馬鹿らしいと感じ、それ以上聞く耳を持たなかったのです。しかしパウロは、そのような反応にもめげずに、引き続きキリストの復活について語り続けました。それは何故でしょうか。それはキリストの復活こそ、自分にとってかけがえのない経験をもたらしたからですし、キリストの復活こそが、真の福音だからです。

イエス様が復活されて今も生きておられるからこそ、私たちと共にいてくださるのです。イエス様が復活されていなかったら、我々とともにいませんし、我々の祈りを神様に伝えられません。イエス様は私たちの人生の最後まで共にいてくださるのです。そしてその復活信仰は我々に対して、死をも私たちとイエス様を離れさせることはできないのです。

わたしたちは一度死にますが、この世の最後の時に、キリストのように、わたしたちは復活して、きたるべき世を迎えられる希望があるのです。