パウロのコリント教会に関する思いを考えてみました。コリントは比較的大きな都市であり、貿易港でありました。かつての若松も、人口はそれほどでないかもしれませんが貿易港でありました。コリントの町は治安が乱れ、人々の心に究極の希望がありませんでした。若松も同様であったので、1890年鶴原五郎氏が若松にキリスト教会が必要だと思い、それがこの地に教会を開設することにつながったのです。

私は来週の木曜日から三バプテスト(バプテスト同盟、沖縄バプテスト、バプテスト連盟)の横浜市で行われる牧師研修会に参加します。1880年代の鶴原氏の時代、母教会であった下関教会はバプテスト同盟の開拓により教会はスタートしました。その同盟の流れから、この若松講義所もスタートしました。今回の三バプテストの一つの会場が、バプテスト同盟系の関東学院大学ですので、知り合いの同盟系牧師に連絡して、この教会の歴史を、その大学でもう少し調べられないかと問い合わせました。今回の牧師研修会の担当をしておられる一人の牧師が、その道のエキスパートだと教えてもらいましたので、連絡して調べてもらいました。しかしこの教会の100周年誌で編纂された以外の資料は残っていませんでした。残念です。ちなみに、この担当牧師はなんと101歳だそうです。

わたしたちは今後の日本の教会は厳しいと思いがちです。しかしアメリカの教会の歴史を見ていく時に、だめだと思っていた世代に、神さまは働かれたのです。わたしたちは周りにおられる方々にイエス様の救いを知らせしたいと願い祈っております。しかしながらどのように伝えたら良いかと思案し、なかなか語れないこともあります。また伝えるのが恥ずかしいと感じることもあります。しかしパウロが『すぐれた言葉や知恵を用い』ずに、純な思いで伝えられたように、わたしたちも純な思いで福音を伝えられますように祈りつつ導かれましょう。