皆さんは聖書の登場人物の中で、誰と自分を重ねて見られるでしょうか。または聖書の誰と自分に近さを覚えられますか。もちろんイエス様の存在は別格です。イエス様以外では誰を思い描きますか。

アブラムの人生は決して平坦ではありませんでした。子孫の数が多ければ、その人数に比例して神の祝福が多くあると思われていた時代、アブラムには子どもがいませんでした。またその妻サラにとって、子どもがいないことで、どれだけ引け目に感じていたでしょう。

父を亡くしたアブラムは、その寂しい時に初めて真の神の声を聞きました。その声は「わたしが示す地に行きなさい」、「大いなる国民にし、あなたを祝福する」「祝福の源となる」のようにと、まるで玉手箱を開けたような言葉でした。

しかしアブラムの現実は、自分の土地もないし子どもが一人も与えられず、また跡取りのような甥ロトとも事情があり別れました。アブラムにとって神の言葉は素晴らしかったものの、現実の自分の様子とは、かけ離れていました。つまり神の言葉の約束とアブラムの現実との間に違いがあったのです。このことは少なからず、わたしたちの人生にもあることです。

その後アブラムは再び神の言葉を幻の中で聞きました。「恐れるな、アブラムよ。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きいであろう」と。アブラムに神は、恐れるなと語ります。

その‘恐れるな’の原点は神様の存在です。ここでは神がアブラムに自分は‘盾’であると言います。盾は攻撃から守るもの。ちなみにエペソ人の手紙の6章では盾は信仰の盾と呼ばれています。つまり神はアブラムの盾、アブラムに私を信じなさいと言われているのです。その主を信じる信仰によってアブラムに「受ける報いは非常に大きい」と言います。恐れにかられていたアブラムにとっては、励みになる言葉でした。わたしたちも主への信頼、信仰を通して励まされましょう。