3月はスチュワードシップ月間です。スチュワードシップとは、命、時間、才能、富など神から預かったものを、神のみ心に従って忠実に管理する姿勢を指します。これは神の恵みに対する感謝から生まれるものです。
15節からは手足、耳、目、鼻の働きの違いを語っています。それぞれの働きには特徴がありますが、お互いの違いを通して自分は体に属したくないと他を非難しています。
教会では批判と非難の違いが語られます。そもそも「批判」とは、「他人の言動に対し、その誤りや欠点を指摘し正すよう求めること」で人を責めません。
その一方の「非難」とは、他人の欠点や犯した過ちを指摘し、責めることを指します。「非」は「謗(そし)る」、「責める」などを意味し、「難」は「悪口」を意味します。
教会では「正しく批判をする、正しく批判を受ける環境」を作り合えれば、教会や個人の成長にもつながります。つまり「批判」を受けることは必要なことで、エネルギーを使って「批判」をしてくれる人に感謝することを大切にしたいですね。そしてキリストの愛で話し合えれば、また塩の効いた言葉を用いられれば最高ですね。そして非難は避けるべきです。
パウロ自身も弱さがありました。それに対して主はパウロに『「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」』(コリント二12章9節)つまり弱さも神様から与えられた贈り物で、それを認めるときに真の力が現れるのです。
最後にパウロがフィレモンの手紙の中で逃亡していた奴隷オネシモを兄弟として受け入れるようにと教会に言われました。このオネシモが、その言葉のように教会に受け入れられ、後に教会を支えるリーダーになったことを我々は覚えていきたいものです。
