本日は東日本大震災を覚えて礼拝を捧げたいと思います。一昨日、東日本大地震から11年の年月が経ちました。しかし私はまだ、あの地震が昨日起こったかのように覚えております。
今日の聖書箇所は天の国を主人が旅行に行く時に僕たちに自分の財産を委ねることで例えています。まず主人が僕たちを呼び5タラントン、2タラントン、1タラントンをそれぞれに預けます。次にその預けられた僕たちが、どのようにそれを用いたかが書かれており、最後にその結果を聞いた主人が僕にどう答えたかが書かれています。
私達はこの5タラントンや2タラントン預けられた人よりも、実はこの1タラントンの人がとても気になります。なんでこの人は5タラントンや2タラントンの人と同じことをしなかったのでしょうか。なんで隠したりしたのでしょうか。とても気になります。ある人はここの場面を、「この人は全く主人のことを信頼していないし、主人を怖がっている。また預けられたことをとても重荷にも思っている」と解釈していました。
主人は共に喜ぶために3人にタラントンを預けられたのです。これは私達が神様から預けられている賜物や才能あるいは経済力と例えることができるのではないでしょうか。

今日の箇所を通して、わたしたちは神の信頼にどのように応えられるかを考えたいのです。また人と比べることをしないで神様の期待に応えたいのです。
ここでの主題は神の国のことですが、本日は大震災を覚えても考えてみたいのです。私達は大震災で苦しんだ方に対して自分が神様から頂いていたもので何ができたでしょうか。祈ることだったでしょうか。捧げることだったでしょうか。また実際に物を送られたでしょうか。

神様は私達に何かを期待し、そして信頼して今あるものを与えてくださったのです。それは隠して置いておくではなく用いるためなのです。そしてその働きを神様と共に喜ぶためになのです。