私がクリスチャンになったのは18歳の時でした。
そのことが本当に嬉しく私は大変燃えていました。父が一番喜んでくれたと思いますし、「毎日お祈りすること」と、「教会学校の教師になること」を強く勧められました。
その後、幼稚科や中学科を担当し、「今日はちょっと失敗だったな~」と反省する日もありました。それでも、出席する子どもたちに語った聖書のみ言葉がいつまでも心に残ってくれたらと祈りつつ教師を続けました。
短大を卒業し、神愛幼稚園に就職するとき、私に出来ることは何かと考えました。しかし田口牧師は、「何をしようかと考えなくていいよ。海岸にあるテトラポットが積み重なって立派な防波堤になるように、ただ神様に祈り続けることでいつかきっと神様のみ業が現れるよ。」と仰いました。私はとても気が楽になりました。そして神様は、私にとって様々なミラクルを起こしてくださいました。
「思い煩うな」と今日の聖句にありますが、これは同時に「感謝を込めて祈りと願いを捧げなさい」ということなのだと身に染みて感じました。
このような私が再び教会に招かれ、教会の働きを担うことになるとは考えてもいませんでした。このことで家庭内では少しギクシャクすることもあり、その「思い煩い」は心の余裕を奪います。しかしこれが神様のご計画であるのなら、遠回りしながらでも祈りによって、少しずつ神様の書かれたシナリオに近づいていけたらと願っています。
マタイ6章8節には「あなたがたの父は、願う前からあなたがたに必要なものをご存じなのだ。」とあります。神様は、それぞれが必要なものをすでにご存じです。初めから自分にとって最も必要なものを備えてくださっているのです。それはきっと最善の結果のはずです。祈りはすでに聞かれています。
神様は必ず完全な約束を用意してくださっているので、安心してそれぞれに与えられた神様のご計画を信じて歩んでいきましょう。