私は、現在、教会学校の小学科の教師として奉仕をしています。

聖書のみ言葉を子供たちに伝えるのには、なかなか苦労します。難しい言葉ではなく易しい言葉で伝えなければならないからです。また、自分自身で理解したものをかみ砕いて伝えなければなりません。

今日の聖書の箇所 コリントの信徒への手紙Ⅰでパウロが「兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。わたしはあなたがたに乳を飲ませて、固い食物は与えませんでした。まだ固い物を口にすることができなかったからです。」と言っているようにです。

パウロはキリストの教えを理解できないコリントの教会の人たちを教えるため、固い食べ物が食べられない子供のようにわかり易い言葉で語りました。わたしたちもまた、コリントの教会の人々と同様になかなか聖書のみ言葉を理解できずにいる赤ちゃんのようです。それは「霊の人」ではなく、「肉の人」なのだからではないでしょうか。パウロのいう「肉の人」とは単に肉体を持っているというだけではなく、神様から離れた人間性、罪に働くチャンスを与え、罪に感応・共鳴することを意味しています。

コリントの教会の人々の間には党派心、争い、分派、分裂がありました。パウロはそれを乗り越えてキリストによる愛と一致を教えています。しかし、罪深い「肉の人」でも、固い食べ物ではなく、離乳食のような柔らかい食べ物を食べ、成長していくことができるのではないかと思います。

わたしたちには、「難しい言葉」ではなく、「易しい言葉」、「優しい言葉」が必要なのです。私たちも、やさしい言葉を求め、やさしい言葉で語り、祈り、お互いに成長していければと思っています。